癒し、ヒーリングはするものではなく起こるもの

両親を名古屋から引き取り半年目に入りました。母親に起きた変化

母の薬が減りました

昨日は病院の受診日で父親に続き母親も処方される薬が2種類減りました。名古屋ではかかりつけ医の言われるまますごい量の薬を訪問看護師に管理してもらい服用したり、毎週来てくださいと言われるまま通院したりしてました。

それが私には違和感でしかなかったのですが本人の選択なのでどうする事もせず。

長野県飯田市への引っ越しに伴いかかりつけ医も変わり紹介状を書いていただき新たにかかりつけ医の先生と出会いました。

その先生は診察中にポータブルスピーカーで多分お気に入りっぽい洋楽をかけて、ジーンズ姿でした。

今まで3回ほど行きましたが白衣を着ているところを見た事がないです。名古屋の病院からの紹介状を見て…

「何でこんな薬の処方になってんの?」

「同じような薬が重複して処方されてるよ」

「薬はできるだけシンプルがいい」

「検査結果見ても特に気になる箇所は無いし、あんまり通うのは大変だから2〜3ヶ月に1回くらいで十分」

母親も自分の意志を伝えやすそうな先生で安心した様子。本当に目の前の患者の事を思い診てくれる先生との出会いは大切ですね。

普段の食事やデイサービスの利用も合わせて、父親の介護を1人面倒みるというストレスも減ったからなのか昨日のMRI、血液検査では全て問題なしとなりました。

最近母も曜日や日にちが分からなくなったり、リモコンの使い方もたまに忘れてますが穏やかな感じです。

母に起きた癒し

飯田で一緒に暮らしたら自然と両親の不調はある程度回復するだろうとは感じていました。飯田に来たばかりの頃の不調な両親に対してヒーリングを一生懸命に行うのではなく、私が私自身と向き合うプロセスが進める事が大切でした。だから実際両親にはヒーリングやエネルギーワークは2ヶ月目からはほぼしていません。

私が両親に対する感情と向き合う日々、嫌な感覚感情を味わいたくないって拒絶し何とか楽になりたくてジタバタしていたから逆に毎日楽ではなかったのだけど、気づきを得てからは私の受容できる器は確実に広がっていっている感覚です。

このブログでもお知らせしましたが、4月下旬に私と夫2人で参加した3日間の伊藤マナさんのワークショップ。私は会場には宿泊せずに通いながらの参加でした。二日目に内側に湧く違和感や味わっている感情が心地よいものとは程遠かったし逃げ出したくなりました。

が、最終日の朝ワークショップに行く準備をしていると突然それは起きました。

母が今まで話したことない祖父の話や満州引き揚げ時の話を祖父自身や祖母や伯母から聞いた範囲で私にしてくれました。

母は満州で終戦の2ヶ月前に生まれました。

終戦直後、逃げるため奥地へ向かうと決断した人たちに祖父がどれだけ尽力したのか、無事日本に着くまでの混乱の様子、母はまだ生まれたばかりの赤ちゃん。どれほどその混乱を受け取っていたのだろうか…

私の知る祖父は働く姿というより日向ぼっこしてあまり何もしていないって人でした。話を聞き決断力とか行動力とかみんなをまとめすごい人だったのだなぁと初めて知ることばかり。

母は目に涙を浮かべ癒しが起きているようでした
「何でこんな話になったのかな?」と。DNAで繋がる私にも癒しは起きましたが私にもなぜこうなったのかはわかりません。

母方の祖父や祖母も同時に癒され穏やかに微笑んでいるような感覚がきました。私は母とハグをしたくなり、しばらくハグしました。ハートがあたたかい。二日目とは全く違う在り方でワークショップ会場に向かいました。

私は何もしてませんし、ただ話を聞いてアドバイスもヒーリングも何もしてませんが起こる事が起こったのでした。それは瞬間的に起こりますし、いつのタイミングかなんてわかりません。

ワークショップ会場の中でそれは起こるかもしれないし、ワークショップ会場の外でも起こる時は癒しが起こったのです。

全て繋がっているんだって思いました。

癒しとは?

最近思うのが癒し、ヒーリングは目の前の事をただありのままに見て受け入れた時に完全に起こるものだという事です。自分の望むように起きていないこともプロセスで今起こっているという事です。

どんな症状や状況や感情もただ受け入れるのはココロが動揺するし拒絶反応が一気に起きます。リアルな体感があるから無理もありませんが…

ここからは私の体験です。

先月「クラニオセイクラルバイオダイナミクス」という施術のワークショップを2日間受け、私が施術を受ける側の時にとても深い状態に入りました。

しばらくすると、首を締められるような呼吸が出来ない感覚と同時に死の恐怖がいきなり襲ってきました。それはそれは恐くて…それを何とかしようしたくて自分の心地よさ、軽やかさに戻そうとしました。

セッション後その体験をシェアしたら「次にその感覚が来たら、何とかしようとせずそこにとどまってみたら?」と言われました。

呼吸が出来ず死ぬ感覚にとどまれるのか?はっ⁇頭は無理っしょ!となり感情は憤り理解されない悔しさや悲しみまで連鎖するほどパニックになりました。

ただそれは思考なので私は今は全くわからないけど「やってみます」と素直に答えました。

また私が受ける順番になった時…あの感覚がやってきました…苦しくて死にそうな感覚。(もうダメ!)と思った瞬間、ファシリテーターの「今癒されています」という声が聞こえ息苦しさ、死の恐怖はたちまち消えました。

今ここにいる、今ここしかないという感覚をまた深く体感した瞬間でした。

「今癒されています」という声はファシリテーターの声でしたが、ファシリテーターもまたニュートラルに宇宙と完全に一体になってこの場に存在してくださっていたので超シンプルな言葉でしたが、まさしく天の声とはこの事かと思いました。そして全て、このプロセスすら完全である事を知ったのです。この初めての体験をしてヒーリングの概念がさらに崩壊しました。

ヒーラー、セラピストとして

癒し、ヒーリングはセラピストやヒーラーがすることではない。ヒーラーは信頼でオープンでニュートラルに存在する。全てのタイミングが重なった瞬間に癒し、ヒーリングは起きるもの。

クライアントをそのオープンなスペースに迎え宇宙と完全に一体となった時、その瞬間にその空間にただ起こるものでそれ以上でも以下でもない。だからヒーラーやセラピストが癒しを提供できるわけじゃないのです。

死の恐怖の感覚が襲うという一見ネガティブや重い感覚をヒーリングで何とかするのではなく、それをありのまま受け入れることから覚醒、気づきは起きるのだという体験です。それが癒し、ヒーリングは起こるものだという体得できたことです。

不調や重い感覚、モヤモヤする感覚、全て無意識に良い悪いを判断し何とかしようとしたり、その重さやモヤモヤに私たちはのまれてしばらく持ち続けたりします。

ヒーリングで軽く、明るい気分になって幸せ〜という状態に波動を変化させることも目の前の現実がリアルにあるという認識が強い場合は、ある程度必要です。段階があるのです。

目の前の問題に向けて取り組む必要がある状態の方には癒されるという体験で愛されている感覚を思い出したり、呼び覚ますことが大切です。その場合、まだ思考が分離した状態で中々自分1人で気づく事は少し難しいのです。

頼ることって本当に大事ですのでボディ、マインド、スピリットを統合する生き方、在り方をサポートしてくださる方や、カラダの感覚を蘇るようなメニューを提供してくださってる本質を捉え生きる方々を紹介できるのも私の喜びだなぁと思っています。

その準備段階に私のサロンは入り口としてあるって認識でずっといます。見える世界と見えない世界の橋渡し役です。

目の前の現実に幸せや感謝を感じられるような日常が増えてきたりして生きる世界が変わってきたなぁ…という感覚になってきたら段々と宇宙意識が開いていく準備が整っていくような感じがします。

覚醒にむけて

さらに覚醒し気づきの人生には、ヒーリングという概念すら破壊する必要が出てくる段階があるのだと私自身改めて知識ではなく体感し始めています。

自分自身が完全にニュートラルに存在すること。
まだまだ学びは続きますが、自分自身の施術の在り方にも日常生活にも大きな変化が起きています。

より穏やかに今この瞬間に生きることを日常で意識し、いのちの繋がりの振動を感じながら過ごしたいと思っています。

今日のブログに書いた事って言葉では説明はしにくいのですが、私自身が体感体得した領域が施術に現れていくと思いますので施術を通してご自身に起こる事を体験してみてくださいね。

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