呼吸道ワークショップで自分とつながるボディワークと呼吸と瞑想

9月1日〜3日まで長野県須坂市の峰の原高原にある「時空の杜」というリトリート施設で呼吸道ワークショップに参加しました。

2021年5月に初めて呼吸道1デイワークショップに参加しそこから呼吸道を学んでみたいと思いました。

最初はほとんどファシリテーターである清水友邦さんの言っている事はわかるようなわからないような感じでした。

ボディワークなので自分の背骨を意識したりチャクラを意識して声をだして、自分が内側で溜めてしまってカラダのエネルギーの流れを止めている部分を緩めて再び流れを促していくもの。

それまで感情解放ワークはたくさんしてきましたが、日常生活の中で感情エネルギーの扱い方や捉え方がいまいちよくわからずにいて、よくパートナーと喧嘩になりました。

こんなにたくさん学んでいるのに、なんで相手を傷つけるような関係性しか創れないのか落ち込み悩んでいました。

呼吸道はしっかりカラダを感じます。
そしてカラダに緊張があるところ、痛みがあるところに自分でブロックした感情エネルギーがあるのです。そのブロックしているエネルギーを呼吸と声で解放していきます。

感情エネルギーといっても、ドラマやストーリーを思い出してその時に感じた悲しみや怒りを出すというものではなく、あくまでエネルギーとして出すのです。

内側にある溜まったエネルギーが出ていく過程で泣いたり叫んだりしながら出していってもストーリーにははまらないからいいなと私は思っています。

清水友邦さんは
「誰しもが深い悲しみは持ってるものだから」とおっしゃいます。その悲しみを感じたドラマに入っていくのが自我の罠だそうです。

ただ呼吸に意識を向ける。思考が浮かんでは消えていくのをジャッジすることなく見守る。今ここに戻るよう呼吸に意識を置く。

わからないなりに歩んできた呼吸道。欲しいとか、目指したり何かを得たくて参加するわけじゃなくて、体験を深めたいし参加したいと思い参加して今回は5回目になります。

呼吸道のワークを取り入れて起きた変化

私は42歳頃から子宮の不正出血がだんだん酷くなり何年も通院し薬や漢方、鍼、アロマ、ヒーリング、エネルギーワーク、セラピー、感情解放ワークなど治したくて色々選択しました。一時はおさまるのだけど改善までには至らず、カラダ中の血が無いよってくらいしょっちゅう出血が止まらない状態。調子が良い日なんでほぼなくてそんなものだと暮らしてました。

信頼できる友達が始めたサロンでよもぎ蒸しをして温めて気持ちよいから継続しつつ呼吸道のワークをして、何とかしようとせずに暮らそうって日常生活に意識向けてたら、預かることになった里子さんとの暮らしに楽しさとか喜びも湧いてきたのも合わさってか子宮を摘出しないといけないかも…って状態から「治ったって言っていいでしょう」って先生に言われました。今は生理が1週間で出血がおさまるようになりました

何とかしようとする事をやめ、治そうとしない事が私の場合は大切な気づきでした。カラダへの本当の意識の向け方を呼吸道で気づけた感じがするのです。

ワークショップに続けて参加したからできるようになった事とか気づきがありました。わからなかった事がわかるようになる事や出来なかった事ができるようになるってやっぱり嬉しいです。

3日間すごい深い内側のワークだけど清水友邦さんのユーモアとかストレートでシンプルな言葉たちが気持ちよくて笑い、重く深刻になりすぎないのが好きで、楽しさや気楽さも満たされるから道を探求することが自分にもできそうな感じになってくる。何があっても大丈夫って安心感の中で深いワークができますので興味ある方はぜひ。

1dayワークショップもあるし、オンライン入門講座もあるし、ガッツリやりたい人向けワークショップもあります。楽じゃないけど楽しいよ。参加してよかったってなる。清水 友邦さん、清水 寿子 プラダさんの投稿を見てみてくださいね。 

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今回の体験、感想

背骨がずいぶん自由に動くなーと今まで感じた事ないくらい体感したし、肉体を持ちながらでもこんなに自由であって、普段なら間違いなく体力もたない、辛いって動きも続けられる時間を体験しました。結構驚いた。

肉体の緊張が緩むと余計なチカラは抜けてるんだけど安定感があって、自我がエネルギーの流れを止めようとした時に呼吸を意識し直すとまた安定し呼吸が楽になり、どこまでも踊れるし、呼吸をしていられるんじゃないかというくらいエネルギーが湧く繰り返す感覚でした。

カラダは波だし、カラダをゆるめて感じていくと揺れている瞬間を見ることができました。だから音とも共振共鳴して曲に合わせて私のエネルギーの波が変わるのを感じました。

普段生活するにはまぁ問題ないカラダだけど、意識するとどれだけ背骨が固まってたり歪んでいたりねじれているかかわかります。エネルギーが流れてなくてカラダの色々なところでとどまっちゃってるんですよね。

カラダ中の骨、関節、筋肉、引っかかる感じや痛みや可動域の狭さ、横隔膜の固まり、お腹の固さなど普段自分で流れていない場所に気づいて、その流れを止めてるところを自分が意識することで流しながら暮らしていけたらいいなぁと思うのです。

道だからゴールとか到達地点もない。死ぬまで私は私のカラダと共に歩んで自分の望む暮らしをしようと思います。

自分のカラダと深くつながる日常生活を送る事を続けたらいいんだって当たり前なんだけどシンプルで大切な事に気づけてよかったです。

今回火の瞑想で初めて火が入ってくるのを許すってこんな感じなんだってのを体感しました。すでに火は自分の中にあったとこれまた当たり前のことに気づくんだけど、気づきの前はすごい焼き尽くされそうな恐怖でカラダを緊張させて感じないようにしてきました。

火の周りを回りながらドラムの音の響きを感じ、ネイティブの歌を歌い大地を踏む一歩一歩を感じて泣けて仕方なかった。これはなんと言葉で表したらいいかわからない涙なんですが…

私は私のペースで道を歩んでいきたいと思います。地球に生きること、人間であること、肉体を持って体験できること、喜びです