ニュース メディアについて。世界に対して自分の意識をどこにフォーカスするかで見える世界は変わる

私たちはあらゆる情報を世界中のことを

家にいながらにして受け取れる時代に

なりました。

勝間和代さんのyoutube

ふと気になって見てみました。

私自身、ニュースやワイドショーは

ほぼ見なくなりました。

旦那さんは朝テレビのリモコンで

ボタンを押すジャンケンと星占いが

日課⁈になっているので

(その習慣を崩さないのも旦那さんらしい)

テレビは朝ついています。

だから一切見ないわけじゃない。

出かけたら切るし、

夜旦那が帰ってきてもテレビ番組自体

見なくなった気がします。

テレビの音を消すと

聴こえてくる鳥や虫や

風が竹やぶを揺らす音、

季節によってはカエルたちの合唱が。

そんな音を楽しみたいから

最近「アレクサ」の登場も少なめ。

名古屋の実家にいた時に

聞こえていた隣のうちの

喧嘩や暴力の音(我が家もだけど)

救急車や消防車やパトカーの音

暴走するバイクや車の音

そんな音はほぼ聞こえないから

この場所に住み始めた頃

マジで静かな夜ってあるんだ…

と思ってました。

以前部屋にあった自分のテレビとHDDを

欲しい人にあげた。

あれだけテレビっ子で

帰宅したらまずテレビをつける

くらいだったのに。

その頃はまだ一切を

排除するを選択してたのです。

まぁ、その頃は借金返済の

お金を稼ぐために

朝から夜中まで家に居なかった

からテレビを見ないというか

車で寝ている生活だったので

そんなゆとりすらなかったから、笑笑

確かに繰り返される

バッシングやジャッジや

恐怖心や猜疑心を煽るかのような

ニュースや動画を流し

皆さんどうですか??ヒドイでしょ?

みたいなのにウンザリしてきて

お昼から「こうあるべきだ!!

絶対ダメだよね!許せないなぁ

腹立つんだよね」と司会者が騒ぐ

テレビ番組がなぜ視聴率が高いのか…

今の私の世界に必要ないなぁと。

前の話ですが、動物虐待の動画を流し

「こんな酷い事をする人がいるんですよ!?」

とか、朝から…なんのために⁇

と思ってしまう時もありまして…

その時はあまりの衝撃に目に飛び込み

残った残像のエネルギーを光に返し

潰れたハートの感覚を癒しました。

自分で言うのもなんですが

繊細で優しく感受性豊かな人は

そんな衝撃は一瞬にして波動砲で

ハートをぶち抜かれる感じを

受けたりします。

繋がった結局のところ自分の内側にある

絶望感や冷酷さ、悪みたいなのを

しばらくの間、癒してました。

そんな幻想の集合意識の世界に

居続ける必要はない…

とはその時はまだわかってなかった。

番組を作る人は

視聴率が取れるからも

あるかもしれないけど

絶対正義みたいに悪を成敗すると

こんな酷い事をする人を許さないように

こんな罪を世界から排除しよう!

みたいな愛と心底信じている人かもしれない。

幸せや喜びや世界はこんなに

よくなっている、人の幸せや喜びに

フォーカスした番組はなぜ視聴率

取れないみたいな世界なんでしょ?

昔、心理学を勉強していた時に

ある大学の教授の講演を聞きに行き

「人の不幸は蜜の味、そうじゃないと

カウンセラーってやってないから。

自分が幸せなんです!聞いてください

と来る患者さんなんていないんだから」

と言っていて20代の私は

そっか、それでいいんだ!と

素直に人の不幸が大好物で

「はちみつ食べたいなぁ〜♬不幸な人

話を聞きます!お役に立ちます!」と

随分長いことプーさんになっていた!!

プーさんならまだかわいいけど

蜂蜜(認めて)クレクレ珍獣、笑笑

フォーカスするところが

ズレてんだって今はわかります。

じゃあカウンセラーさんや

セラピストさんやヒーラーさんや

が必要ない、自分しかない!

って極端なとこ行っちゃう人いるけど

それってニュートラルに

観察し切れずにいる部分です。

どちらもありって捉え方は

いかがでしょうか?

やはり一人では自分の愛や神性さを

思い出せなかったりする時あるから

サポートって必要な時は存在します。

光が強くなれば浮き彫りになって

くるところはさらに現れてくる。

プロセスとして通る事。

悪や闇を排除することを

絶対におススメとは私は思いません。

客観的な視点で

捉えるクセがついてきたら

その恐怖心や猜疑心すら

自分は何を見ているんだろうと

観察していける範囲が

広がっていくだけだし

そんなリーダーが深い目覚めを

促し、光をドンドン広げ

波紋を広げていく人になる

ような気がします。

ニュースだけでなくドラマや映画など

映像は私たちの脳に強く残りやすく

セッションでも脳からそんな

浮遊してる記憶たちを

光に返すのを見届けさせて

もらう方多いです。

だから飲み込まれてしまい

自分の恐怖心や猜疑心や悲しみが

現実と見てカタチを創るくらい

共鳴してしまうなら、そういう方は

一切見なくても大丈夫な気がします。

このような捉え方をしていくと

ストーリーの中に居続けないので

一切見ないほうがいいとかなく

どちらでも選択できるだけのこととわかる。

幸せや喜びもある。

よくなっている世界もある。

今この瞬間平和である世界も存在する。

世の中がドンドン悪く悲惨になっている

かのような部分もあるかもしれない。

自分がフォーカスしていないだけで

喜びや幸せや優しさや思いやりが

広がっている純粋な愛の世界だって

今ここに存在している事を知ろう。

何を意識してどこにフォーカスするか

世界はいつも問いかけてくれています。

テレビのニュースやメディア

だけが情報じゃないし、

ネットやSNSだけでもない。

あらゆるところに情報は溢れていて

そんな中からでも

自分にとって必要な情報や

知ることは必ず入ってくるし

自分が見極められると信頼する。

自分の選択一つで世界を変えることできる

私たちの意識ってそれくらい大切だなぁ

と日々感じています。

via PressSync

つぼちゃんもみほぐし