不幸な人をやめる勇気〜救えないという罪悪感を手放す〜

幸せになりたいと言う人は多いけれど…

本当に幸せになりたいと

願っているから

悩んだり苦しんだり

頑張ったり

逆に頑張ることに疲れて

自分の上手くいかないパターンを

何度もループすることも

「まぁこんなこともあるよね」

と言い訳したり正当化したりする。

でも幸せになりたいと願っても

助けたい、救いたい

そんな気持ちが強いと

自分が幸せになってはダメだと

望まない選択をし続けることがある。

絶対こうです!という事でなく

多くの場合にこのようなパターン

で罪悪感って生まれやすいよー

って話です。

小さな頃

親を助けられなかった自分

親を喜ばせられなかった自分

親の期待に応えられなかった自分

苦労するお母さんを守れなかった自分

親や兄弟や家族みんな

なんかしら不幸でかわいそう

だと思い込んでいるパターン。

そして大人になっても

不幸でかわいそうな人を

創り出し、助けよう、救おう、支えようと

これ無意識が動き続けている。

でも救えない、助けられない現実に

罪悪感を感じ

「自分を絶対に幸せにしない」

ことを潜在意識の深いところで

決めてしまっている。

顕在意識では

心から幸せになると思っている

けれど、そんな気持ちとは裏腹に

幸せを拒絶している。

小さな頃見ていた大人たち

特に両親が辛そうにしていたり

ケンカしていたりするのを見たり聞いたり

すると、子供は純粋な愛で

「お父さんお母さんを救ってあげたいし

助けてあげたいし、自分が笑顔に

してあげたい」と無意識に感じる。

なんて健気な…

がしかし…

大人同士の問題

両親の夫婦の問題

に子供が出来ることは一切ない。

そこに対して子供は無力です。

親を笑顔にしてあげられない

親を助けられなかった…

そんな挫折感や失望感や

助けられなかった自分に

無価値感や罪悪感が生まれます。

そうして罪の意識を持ったまま

大人になってもついて来て

親との関係性から自立しにくくなる。

そして自分が結婚し

パートナーとの関係性も

バランスを崩すつながりが見えてくる。

家族全体を不幸だとか

家族を救えなかった罪悪感と

今度は大人になり自分の人生を

生きたいとなってきた時に

見捨てる感じがする罪悪感も生まれます。

私だけが幸せになんてなれない。

家族みんなで幸せになる。

だから家族でかわいそうな人

辛そうな人がいたら、自分が救いたいし

自分は家族を見捨てない。

苦しんでいる家族がいるのに

自分が「あぁ〜幸せ、楽しい〜

ハッピー、ラッキーー!嬉しい」

なんて突き抜けきれない…

家族とはそれくらい深いつながり

を持っていて、自分の人生を

本当に生きるとはどういうこと

なのかを見せてくれています。

私自身、家族全体が不幸を身に纏い

自分が学んでも学んでも

なぜか罪悪感に引っ張られる感覚があった。

家系全体で喪に服す感じでした。

心から喜ぶことが続いてはダメ!

と幸せを感じると真逆の

「幸せじゃないよ、あー危なかった…

ついつい幸せに浸り続けるとこだったぜ」

と自分にブレーキをかける。

幸せにならない選択を

自分がしとる!!!!!!!!

色々な理由を見つけては

外側の何かや誰かのせいにして

自分を幸せにしない。

自分の家族の愛し方

自分にとって最高最善な

周りにできる助ける方法だと

信じていたら、人は絶対にやめない。

「幸せは罪悪である」

そうやって思い込んで

家族を裏切るような気持ちや

家族を救えないかわいそうな自分を

手放さずに来ました。

だってそれを認めて

裏切る酷い人になりたくなかったし

救えない絶望感で立ち上がれない

気持ちになってしまうのが怖かったから。

そんな愛し方しか知らないから。

じゃどうしたら⁇

そもそも家族は不幸⁇

お母さんはかわいそう⁇

親を助けなきゃいけなかったのか⁇

自分が思い込んでしまった

ストーリーが真実かどうかに

気づいていく必要があります。

そこに残っている感情があるのであれば

癒すことをする。

私たちは自分のストーリーの中に

生きている。事実とは違うことを

あたかも真実かのように信じて

絶対にそうに違いない、

自分が正しい、自分は間違ってない

と証明するかのように生きている。

別にそれでもいいのだけど

自分が幸せになると決めた人は

幸せにならないと決めてる自分を

やめようと思うだけ。

世界は反転する。

あなたは親や家族を救う事も助けることも

する必要がそもそもなかった。

あなたが幸せになることで

家族を幸せにすることもできる。

自分が幸せになることは

裏切り行為じゃない。

そもそも家族は幸せ。

自分の真実はいくらでも

書き換わる。それは本当に癒されたのちに。

だから癒される時間が

あっても私はいいと思います。

そんな時間なくても自立してる人は

さっさと進んでいくのでしょう。

自分が家族をかわいそう、不幸な人

と見ているのがまず失礼な話でも

あるかもしれませんしね。

そんな自分に気づいていきましょう。

自分の責任で自分の人生を生きる

覚悟を持って進む人は

もう過去のことだからと

見て見ぬ振りをするのではなく

完了してる感じがします。

心底自分が幸せになるって決めてる人。

自分らしく生きるって

自分で自分を幸せにすること。

誰かや何かが幸せにしてくれる話じゃない。

ということは

誰かや何かのせいで

自分が不幸になる話でもない。

ということですよね。

私自身、ようやく

この領域が言葉になってきました、笑

長かった「幸せは罪悪である」笑笑

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