この地球に生きて覚醒するとは?

覚醒とは何か?

かくせい
【覚醒】
1.
目がさめること。目をさますこと。また、意識をはっきりさせたり興奮させたりすること。 「―剤」
2.
迷いからさめること。迷いをさますこと。また、自分の非に気がつくこと。

とあります。

いわゆるスピリチュアルな領域

とかって勘違いされちゃう

霊が見えるとか

エネルギーがわかるとか

天使と繋がれることとか

仕事で活躍すること

ができるようになることが覚醒

ではないらしいよ。

そんな能力すらも実はストーリー。

この世界には何も無いんだよ

と目を覚ましてはっきり見ること。

この世界の全てが何も無いから

全てある世界に私たちがいて

思い思いに自分の真実のストーリーを

今この瞬間も生きているだけだと

気づくこと。

だからこのブログすら本来無いんす。

ただのあたしストーリー。

加害者も被害者も

自分の人生も

受け取っている情報すら

見たその人の意識が作り出している

ストーリーに過ぎない。

本当に目を覚ましていくと

目を見開いて自分が見ている

悲しみだろうが喜びだろうが

恐れだろうが創造したと思い込んでいる

現実すら本来は無いことに気づく。

でも私たちは人間だから

感情の波を味わう。

リアルにあるように感じるのが

私たち人間だ。

死は恐怖な感じするし

肉体は永遠じゃないし

指を切れば痛いし

病気になれば治療もする。

天災や事故で全く理不尽だと

思うような出来事に無感情な

わけがない。

味わえるのが人間で

味わうことが何も悪くないからだ。

「被害を受けたことがないからだ

事件に巻き込まれてないからだ

本当に痛みに寄り添えてないからだ」

と見える人もいるかもしれない

と私は自分を制限し罪悪感という

蓋で自己表現を隠していた。

共にそこにいて痛みを共有すること

そこに光を灯す事が役割だと

思っていた。そうしないと

冷酷でハートのない人だからと

思い込んでいたからだ。

喜びに涙し、悲しみに涙し

絶望感や無価値感、虚無感を

感じ、動けなくなるような重さすら

味わえるのが私たち人間だ。

それがまるでいらない事のように

してしまうのではなく、

全部味わった上でどんな感情の周波数も

自分の意識が作り出しているストーリー

なだけだと感じていくという気づき。

目の前の世界はまるで変わる。

本来無いのだから。

その変わるスピードがクソ速い…。

ここ最近セッションのご依頼が

多いのですが、セッションを

させていただいていて

ビックリするほどのスピード。

どんどん宇宙的覚醒が進むと

人間はそんな平面な存在じゃない!

簡単に変えるなんて人間という存在を

軽んじている!なんて抵抗が

現れその葛藤が混乱を招いて

いたけれど、罪悪感がスコンと

外れたら、こんなにも愛に気づく

事だったんだー!と

さらに深く理解できました。

目を本当に覚ます覚醒には

純粋な愛に気づいていく必要がある。

私たち全員の中にある純粋な愛を

思い出していくプロセスが必要なのだ。

その純粋な愛でいくらでも移動できる。

自分の宇宙に無数にある

瞬間瞬間のパラレルワールド

あらゆる次元の瞬間の

どこに行くかだけだという話を

こんなん飲みながら

こんなん食べながら

覚醒について話すし聞いたティータイム。

まずは被害者意識を

持っていたらこの覚醒は

起きにくいよねという話になった。

メディアで放送されること

ワイドショーで流れてること

何が良くて何が悪いのか

被害者かわいそう

加害者は酷いやつ

見えてくる聞こえてくる感じる世界を

自分の世界から何も排除しなくてもいい。

ただ見ていく。どこまで幻想であり

全て愛だと見ていく気づき

だけだから。

いい人になるわけじゃないよ。

我慢だと蓋をしてしまう人がいるけど。

本当に創造したい世界は何?

そこに自由に行けるとしたら

目を覚ましてみたら

家族は実は自分の見ていた家族じゃなかった

とはっきり理解できた。

だからありえないと決めていた

家族との世界がやってきた。

お金も同じこと。

自分のやる事をやる

そこに意識を集中し

自分が宇宙に意図を放ち委ね活動する。

その中の一つに何とかなる、お金はあると

言い聞かせるのをやめたら

自分の仕事が今までより大きく

循環し出した。

過去の延長に今の自分は居ないし

未来が決まって続いているわけじゃない。

いつどんな時もその世界の

瞬間は存在していたのだけど

自分が眠ったままで思い出せなかった

その世界にアクセスしなかっただけだ。

素直に過ごす許可をしただけ。

遠くにあるのか無いのか

よくわからないぼんやりとしか

見えない叶えたい世界を

感情解放とかヒーリングとか

で近づくように頑張るのをやめた。

正当な理由や罪悪感で

自分を幸せにしないことを

現実化していると気づいたからだ。

自分から見えるそのどれもが

真実であり真実でない。

いかに自分の思い込みで

目の前の人たちやテレビに映る人や

人から聞いた第三者の事や

世の中の出来事を見ているか。

それがまるで本当にある世界かのように。

映画「インターステラー」の

最後の方に出てくる5次元の世界を

見たらわかりやすいかも。

私は大好きで何度も見てる映画

全て正しいとは思わない、

映画のストーリーだから。

ただ人間としての純粋な愛が

あるからこそ、覚醒していけるって

思える映画だから好きなのです。

最後の方の次元の違う世界の

映像化はすごくわかりやすい。

もう5年も前にこの映画で

映像化してることがすごいよね。

ちなみにアフタヌーンティーは

千種区今池にある

「マッシモ・マリアーニ」

のアフタヌーンティーを堪能した。

2名分で4800円(税抜)ドリンク付

外から全くわからない

この隠れ家的な造りもいいです!

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