自分の傲慢さに気づき、謙虚さを育み経験を積むことってお仕事の大切な一部

自分のエゴ、傲慢さを認めている

それを健全に保つことって必要と

私は感じている。

自分に自信は大切だけど、

誰しもが持つ自分が正しいという概念は

それ自体悪いわけではなく

度が過ぎると無意識に周りを刺してゆく。

健全さを保つことって

自分一人じゃ分かりにくい時もある。

私が学ぶのは、ダメな自分を良くしたいとかでは

なく、エネルギーを保つことの意味もある。

学んで資格を取得して

それを教えることについてもそうだ。

「教えるってただ学んで

資格取って教えるとかそういうことじゃ

ない気がするんだよね…」

旦那さんが先日ポロッと言った。

旦那さんのこういう所すごく尊敬できて好き。

今までやってきた仕事に必要になったからと

国家資格の勉強をして、講習会にも参加し

講師を見てきて、違和感を感じつつ資格取得してきた

彼だからこそ、もっと根底の大切なことを

仕事の現場の経験から学んできたの

だなぁと思う。

人とのご縁、調和があってこその仕事。

自分の仕事に対するこだわりと

誠実さとか芯を持っているのだけど

決してそれを主張しない、

自分を認め尊重しているから

相手も尊重できる。受け入れられる。

次々と調和と信頼で仕事がやってくる。

私はそんな調和な人と人生を

共に歩めることが何よりの幸せで感謝

だし、彼の謙虚さは本当に人の調和を生む。

平和な在り方の体現者だと感じる。

人を無意識にジャッジして、見下し

自分の正しさを押し付けるのは

だれもハッピーにならない。

過去の自分はそうだったし

もうそんな自分は100%いません、

完全に変わり切りました!なんて

言い切れないのを正直な自分は知っているし

自分の無限の可能性を感じるから

今が完璧だとそんな見せ方を

しなくてもよくなった。

以前はそれだけ根底で、怖くて

過去に否定されてきた(と思い込んできただけ)

憤りや怒りがいっぱいで

劣等感満載で、負けないように

ちっぽけな自分、ダメな自分が

バレないように、常に人を

ジャッジし、自分の正義を

振りかざし、ドヤドヤっ!と

暴れていただけだったのだ。

無意識だから自分では

気づかない。自分の無意識の反応が

気持ち悪いくらい出て気づかせて

もらえる場こそ、自分の学びの場。

完璧な自分だけ見せられるだけのような

そんな場は逆に息苦しくてしかたない。

今お仕事できている私も

たくさん失敗し

そこから気づき

自分の知識もそうだし、なにより人としての器を

大きくする学びをさせていただきました。

未熟なままでたくさんの体験・経験をさせてくださる

責任ある立場の方に恵まれました。

責任は自分が取るから

自分の思ったようにしなさい。

こうした本当に信頼できる方々の元

経験を積ませていただいた

全て繋がりのご縁のおかげです。

そして今、応援してくれたり

ファンでいてくれたり

求めてくださる方がいること

に心から感謝します。

 

 

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