自分の選択に責任を持てる人生を生きると決める

お金=愛だからと自分のサービスと自己価値と料金設定でより大きなお金の循環をうむというのは、一つの方法に過ぎない。と書いた以前のブログに感銘を受けたとお客様が伝えてくださいました

私自身、その囚われがパカっと外れたので

「つぼちゃん」というカタチで

ボディケアを再開できました。

他人の生き方じゃなく

自分の好みの世界を創造したらいいし

愛からの循環ならその世界に

魂が本当に望む夢が叶っていく。

先日からこのブログでも紹介している

こちらの本。

引用させていただきます

金額=自分の価値とすると稼げなくなったら自分の価値が下がることになります。あるいは、もっと稼ぐ人はもっと価値があることになってしまいます。お金がたくさんあるほうが、私には「好み」ですが、私の価値とはなんにも関係はない

と書いてありました。

お金と自己価値を結びつける

個人事業主、会社経営で自分の出す

結果と価値を結びつける

外側の世界に見えることと

価値を結びつける

全部自分の好みです。

自分の創る世界。

人は見たいように見るし

聞きたいように聞くし

感じたいように感じるもの。

だから同じものを見ても

捉え方が違う。

自由にいかようにも

世界は創造できる。

起きる反応がモワッと何かあれば

いい、悪い、共感できる、できない

とか無意識にするジャッジを

垂れ流しにするのではなく

明らかにしてみる。

本来自分の価値は

何にも結びついていない。

ただ在るから。

外側にあるものの中に

そもそも自分の価値はない

とわかるから、「好み」で

全てを創造できます。

そこに趣味仲間のように

波長があう、波長が合わないの

違いがあるだけで、

良い、悪いのジャッジは

一切ないのです。

私はそれぞれの好みでいいということを

人付き合いの設定の中で

ずっと見たくなくて

曖昧にしてきました。それを

認めてしまうと、大きく壊れて

しまい立ち直れないかも…

という恐れで蓋をしていました。

以前深く関わっていた団体が

ありました。

何かを感じ始めていたけど

私が私を信頼できずにいた。

関わるか関わらないか

良いか悪いかの二極

だったから苦しかった。

この場をなくしてしまったら

また私は道を外し大変なことに

なるんじゃなかろうか…って

「私はいつも間違いをおかすダメな奴」

設定です。

はい、明らめて絶望です、笑

その団体がどうこう、周りの人が

なんだかんだとか一切関係ないんです。

共依存関係、エゴな私でいると

足もとすくわれる感じが未だにふわっと

やってきますよ。それが悪いことでは

なくて、認識してるから

「それで私はどうしたいのか?」

を問うようにしていく感覚で

トレーニングです。これは

新サイキックプロテクション®︎

の講習を受けたことで

自分の理解に拍車がかかりました。

そして本にはこうも書いてありました。

「でもまー」は自分をごまかす危険信号

これ、めちゃくちゃやってた。

ってアゴ外れました、笑笑

自分の気持ちをごまかして

でもまー、ともっともなことを

自分に言い聞かせる。

大切な存在だからこそ。

人とのつながりって

そんなことじゃない。

正直で誠実でありたかった

のが、いつしかこうあるべき

しなければならない

という感覚で自分を抑えて

関わっていたのは自分でした。

これも「好み」だからいいんですよ。

どうしたいか自分に問うた時

「私は自分の感覚を

いつだって大切にする」

でした。

だから「私は自分の感覚を何より

大切にするから、いつも

全て最幸最善になっている」

と変更しました。

嬉しい、楽しい、ワクワク

しか起こらない設定ではなく

全て私が選択している責任を持つ

何をどう味わい、経験しても

それは私の魂の喜びという振動に

しかならない人生。

勘違いな設定を手放し

人付き合いの設定変更もすると

世界に現れてくるスピードが

早いので、早速現れてます。

この本に書いてあった

プールに浮く浮き輪の

イラストがわたしには

またわかりやすかった。

ぜひ読んでみてくださいね。

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つぼちゃんもみほぐし